案内編⑤夏目漱石ゆかりの地

漱石旧居

 夏目漱石が熊本に来たのは明治29年4月、熊本を離れたのは同33年7月でした。その間に漱石が残した、市内中心部にあるゆかりの地をご紹介します。
 池田駅(JR上熊本駅)に降り立った漱石は、友人の菅虎雄宅のある薬園町へ人力車で向かいました。その途中、新坂からの風景を見て「いい所に来たと思った」と、後に振り返っています。坂を下り切った交差点を右折して200mほどの所に「夏目漱石旧居」があります。熊本での漱石は、当初約1カ月間を菅宅で過ごした後、6軒の家に移り住みました。3軒が現存しており、そのうちの1軒がここです。
 この家から五高、現在の熊本大学までの通勤に使っていた道は、かつて漱石と同じく五高に勤務していたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)にちなみ「八雲通り」と名づけられています。熊本大学内には、漱石がいたころの校舎が「五高記念館」として残され、漱石の像も建てられています。
 八雲通りの途中の「子飼商店街」から徒歩数分の所には、漱石が熊本で最後に住んだ家があります。敷地の外から外観を見ることは可能です。
 また藤崎八旛宮からほど近い、白川に架かる明午橋下流の対岸辺りにも漱石が住んだ家がありました。現在、水前寺成趣園の裏手に移築されている家です。
 さらにもう1カ所、下通りと銀座通りの交差点近くにあるビルの壁面には、結婚した時に住んでいた、光琳寺の家を示すレリーフが掲げられています。
※「夏目漱石旧居(一部見学可)」と「五高記念館」は復旧工事中です。

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